黒川検事長と竹俣当綱

竹俣当綱とは、米沢藩上杉家の家臣で、藩主であった上杉治憲(鷹山)に抜擢され、執政として藩政改革を主導したと言われる。改革の主導者であった当綱は、その後、藩祖上杉謙信の忌日に酒宴をしていたという不敬罪などで隠居及び押込を命じられ失脚する。 史実では、当綱の心音のまでは解き明かすことができない。執政として、鷹山の改革を支えた人間としては、あまりにも無様な失脚である。ある歴史家は、藩の重要な行事のその日を狙った行動には、あえてそうしたと読む向きもあるようだ。あえて失脚するために、そう行動した、ということである。その背景には、執政としての重責と長年勤めた疲れから解放されたかったとの解釈もあるようだ。 話題の黒川検事長、こちらも最後は少し無様な気がする。たんに脇が甘かったのだろうか。検察トップに上がろうとした人物、そこまで周到に準備できているなら人なら、5月に、無理して賭け麻雀をすることがリスクがあることも分かっていよう。それも新聞社を相手に。 あくまでも個人的な見解だが、もしかしたら、あえて、そうしたとも読めないだろうか。露見していいとの考えがあったりはしないだろうか。 露見して困るのは、自分より遥かに周りにいる人たちだ。 黒川氏の行動の歴史がよかった悪かったは別にして、本人の意思とは別に利用されているなと感じ、世間から冷たい目で見られるようになれば、利用してきた人たちへの義理を果たすことにも疲れてきてもおかしくないし、そちらの方が正常なような気もする。利…

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